お盆の帰省 お上の指示

大手マスメディアでは、お盆の帰省を規制するのか、政府の判断が待たれる、などの論調の報道が多かった。
政府や各自治体の対応は”勝手にしろ”と言うことだと理解した。個々の事情や地域によりそれぞれ判断して欲しい。帰省する場合は、三密を避けた適切な対応をとって欲しい、と言ったものだ。

個人的には、個人個人が田舎に帰るのかどうかなんか”国が決めるもんちゃうやろ”、と思う。
日本人はお上(政府)に対しては文句ばかり言うくせに、いざとなったらお上が決めてくれないと何もできない、と言う感じがする。もしかしたら文句を言うのは、マスメディアと野党だけなのかも知れないが。
文句が言えるのはそれはそれで言論の自由が守られているので、大事なことである。

一方のお隣の大国。お上の言うことを聞いているふりをして、陰でコソコソそれに反することを行う。
俗に言われる”上有政策下有対策“。”上に政策あり、下に対策あり”。

これらの国民の国に対する関係性は、ビジネスシーンにも微妙に現れる。海外の企業・人と仕事をする時。
大抵の人たちは、日本人に対しては、ルール(法制・約束)に従うので安心・信頼できる。しかしグレーゾーンの事項についてまで、念のために違反しないようにしようとするため、ことが前に進まない遅い

もう一方の国は、ことを始める、進めるのは早い。一方で常に約束事の抜け道を探し、信頼できない。

初めての海外主張でアメリカに行った時、当時の上司から、”自分で思うとおりに話してくれば良いから”、と言われた。よほど判断に迷う時は別だが、も言われたが20歳台の若造がそれほど判断に困るような難題を吹っ掛けられることも無く、すべて独断で相手メーカーや客先と話していた。
しかしながら、日本に帰って来ると日常の交渉事は先輩・上司の判断を仰ぐことになる。いちいち、自分の判断で客先と話ができないのは、イライラした。日本人同士であれば上司判断が当たり前なので、お互いにそれでも困らないのかも知れないが、世界(少なくとも当時のアメリカ)では、個人の職責は年齢に関係なく、日本式はアブノーマルだったのだろう。

日本では昨今の在宅勤務でクローズアップされた判子文化、その中で稟議書などは最たるもの。誰も責任を取りたくないから共同責任にする、素早い判断ができない。”上”が決めないと仕事が進まない。”上”にいる人たちも、ずっと”上”が決めた通りに動いてきたから自分が”上”になったら困ってしまう。
日本人全般に広がっている言わば日本病かも知れない。

せめて帰省するかどうかくらい自分で決めよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

科学・技術

前の記事

ガス漏れ、水漏れ
旅日記

次の記事

山の日 “京”の山