昭和 の 国際電話

普段、海外メーカーと仕事をしていている、と言っても電話をする機会はそれほど多くない。大抵はemail
理由は簡単。外国語で電話するのが苦手だから。話す時は、最近はビデオ会議のこともあるが、基本的には電話。

海外出張に行っている時は、SNSの通話機能を使うことも多いが、日本にいる時は余り使わない。会社支給のスマホにSNSアプリをインストールしていなかったから。在宅勤務が増えてからSNSアプリも少し入れているが、通話品質は今ひとつのことが多い。簡単な話であれば良いが、込み入った話には向いていないと思っている。
普通の電話でも込み入った話しはしたくないのではあるが。

昨日使ったのはiPhoneにもれなく入っているアプリ、Facetime。初めて使ったが通話品質も良く、台湾の同僚(日本人)との会話は違和感無くできた。

自分が入社する前、昭和の国際電話は面倒だったようだ。
国際電信電話株式会社(KDDIの前身)が独占していた国際電話サービスは料金も高く、電話を掛けるのも面倒だった。オペレーターに通話を申し込み、海外と繋がったらコールバックを受け、そこで初めて通話が始められると言う仕組み。
会社では、国際電話の発信には部長か役員の決済が必要だったと聞いたこともある。

そんな国際電話、入社当時の部長から聞いた話はこうだ。
アメリカから輸入し、国内の客先に納めた機械が不具合を起こした。自社でサービス員はいたのだが、修理ができずに、アメリカのメーカーの緊急サポートを得ることになった。

国際電話。
サービス員が客先にいて、アメリカのメーカーのエンジニアと電話。客先から国際電話を掛けられる時代では無く、サービス員は会社に電話、会社にいた部長がアメリカのエンジニアに電話。つまり、部長は受話器を両耳にあて、通訳も兼ねて客先のサービス員とアメリカのエンジニアとの会話を中継した。そんな状態だったので、客先にある機械の修理も相当大変だったのだろう、と容易に想像できる。
国際電話を一度切ると、再び掛けるのはオペレーターに申し込み。と言う訳で、電話を切らずに、修理が完了するまで延々と国際通話を続けたそうだ。

確か6時間とか聞いた記憶がある。
国際電信電話会社からの請求額がいくらになるか戦々恐々として待っていたが、結局請求は来なかったらしい。
計算すると電話代金は60万円とかになっていたのでは無いか、と言うことだったが、当時はそんなに長時間の国際通話をする人もいなかったのだろう。通話記録が何かの間違いだと思われたのかも知れない。

そんな昭和に比べると、今の国際通話は簡単。SNSその他のアプリを使うとネット接続料金以外の通話料金も不要で、第一、どこにいても通話ができる。

ただ、電話は自分と相手双方の都合の良い時間に合わせないといけない。特に時差のある海外だと面倒。
また、記録を残すのも面倒。
緊急性が無い時は、やはりEmailやメッセージ機能を使う方が楽、だと思うのは自分だけだろうか?
誰も、英語で電話したくないからがメインの理由とは言ってませんよ…

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